賞味期限切れのぱん

まじめなことを書く予定ではあります

レビューサイトは誰がつけたかもわからないような星による評価を廃止してくれ

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 こんにちは。

 ふと本を買おうと思っていた際に見たAmazonのレビューから感じたことを書く。

なぜレビューを見るのか

 もちろん後悔したくないという気持ちが強いだろう。お金を払うときはもちろんだが、お金を払わない時も同様である。時間が浪費されるからというのもあるが、それ以上に胸糞悪くならないための自己防衛という意味合いが強いかもしれない。

お金を払うときほど後悔したくない

 お金を払う以上、自分が求めているものに同等の価値が有るかどうかはもちろん気になる。そりゃ後悔はしたくないし、できることならいいものに出会いたい。金額にもよるだろうが、金額が上がれば上がるほどその傾向は強くなる。一万円を超えるイヤホン、十万を超えるテレビ。百万を超える自動車。

 「買ってみたけどダメだった」

 そんなことは許されない。ものすごく後悔するから。だから低評価のレビューがついた商品を避ける傾向にあるのは至極当然なことである。

基準の違う星なんかになんの意味もない

 だからといって、基準の異なる星が与える負の印象はなんとかならないのだろうか。ものすごく丁寧にレビューされた★4と、おもしろくないという一行だけの★1は、数値上は同じ力を持っている。もちろん詳細に見比べれば価値が違うことは明確にわかる。しかし、商品紹介に出ている数字だけではわからない。

たまに見かけるクソレビュー(創作)

「青が欲しかったけど、黒しかなかった(´Д⊂グスン★2にします。」 「作者の意識の低さが伺える★1もつけたくない」

 いやいやいやいや…。言いたい気持ちもわからんでもないが、こんなので低評価がつけられるのはおかしい。自分が与えている影響というものを理解していないのか、嫌がらせでやっているのか。それはわからないが、こんなので星の数値が下がって売上に影響が出ているかと思うといたたまれない。そんなの意味もない数字だし、評価数が少ない商品にとっては大迷惑である。

何を持ってその評価をつけたのかだけが重要

 結局評価を見た人が知りたいのは、「この商品を買って損するかしないか」である。そこに星という概念は必要ない。星というフィルターは数値を意識させすぎる。  その人がなぜその本を手に取り、どういう内容を期待し、その結果がどうだったのか。それが必要な情報であり、誰がつけたかわからないような点数なんて意味が無い。

意味のあるレビューの例

 適当に考えた自分の中で意味があるレビューを考えてみた。 「経済に興味が出てきたため、予備知識がないところから勉強のためにこの本を手に取りました。タイトルには初心者でも大丈夫とありますが、専門用語が多すぎて初心者の私としては難しかったです。初心者というタイトルが付いている以上、用語については巻末でも良いので解説が付いていると良かったです。」

 ここで上がっている情報は、「この人がどういう人で」「本に期待していたこと」「不満のポイント」である。「経済がよくわからない人が」「経済を理解できることを期待したが」「専門用語が理解できなかった」という情報が詰まっている。同じ初心者というワードで買おうと思っていた人には有力なレビューであったといえる。

 このようなレビューには意味がある。だからこそ、レビューは自由記述ではなく一部形式的にしてもらうだけでだいぶ有意義なものになると思う。

数値レビューなんてあてにならない

 最終的な結論はここに行き着くわけだけど、少し正しくない。正しくは、「誰が書いたかわからないレビューなんて、どんな意図があって書いたかわからないし数字だけの評価では意味のあるものになりにくい」である。  インターネットの登場により、通販だけでなく、飲食店までが客に評価されていて、はっきりと言い切ってしまえば居心地が悪い。こんな誰がつけたかわからないような点数に翻弄されるなんてバカバカしい。それこそ全部実名にしてくれたほうがやりやすい。そのほうが、「点数」よりも「内容」に目がいきやすくなる。

 もちろん素晴らしいレビューもある。だからこそ、そういうレビューにもっと注目が集まるような設計にしていただきたい。

まとめ

 ほんとレビューの星はなんとかならないのか。5点満点で3点。それが高いのか低いのか普通なのか。それすらもわからない数字に意味なんて無い。それでも数値によるレビュー文化はこれからもずっと残っていくんだろうな…。

評価経済社会 ぼくらは世界の変わり目に立ち会っている

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